サバイバル漫画の定番、スーパーチャレンジ食
富士の樹海をさまよい飢えと乾きに苦しみ、「これ……食えないかな……」とパクリ。
昭和52年から『週刊少年サンデー』(小学館)で連載されていた長編マンガ
『サバイバル』に出てくる虫食いシーンだ。
さて、何を食べたのか?
それはゲジゲジ姿の幼虫たち、“毛虫”だ。主人公の少年が
「飢え死にしたいの!? 俺はいやだ!」と、
仕方な~くモゴモゴと食べるのだが・・・・・・ちょっと待ったあぁ!!!
なに、その顔。毛虫はとっても美味しいんですよ!?
『サバイバル』さいとう・たかを(リイド文庫)全10巻にわたり、実用度の高いサバイバル知識が描かれている。
タイトル通りひたすらサバイバルしていく『サバイバル』は、大地震が発生し
文明社会が崩壊した日本で、主人公の特権とばかりに主人公が運良く
目を覚ますところから物語が始まる。生死不明の家族を探して旅する中で少年は
心身ともにたくましく育っていくのだが、この成長っぷりがハンパなく、
物語をど派手に盛り上げてくれる。鶏肉も食べられないほどの繊細なお坊ちゃまだった
のに、いざとなるとゴキブリ並の生命力を発揮、
「これはうどんだーー!」
と、茹でミミズをチュルチュルすすり、カエルも生でガツガツむさぼってみせる。
そんな野趣溢れる食事風景に、何度読んでも“アイアンストマック王子”の称号を
贈りたくなる。主人公の心の成長よりも、そんなサバイバルフードばかりに
目を奪われたという読者も少なくないのでは、と思う。
島国であり、山と森林の多い日本をサバイバルしていくのだから、
魚や肉、植物はもちろんのこと、虫だって食べなくては!
そして主人公は旅の道中で米兵と出会い、ともに“餓え・乾き・疲労”の
トリプルパンチをくらいつつ、富士の樹海をのろのろ進んでいく。
すると樹海の中で目に飛び込んできたのは、なんと木にびっーーーしりの毛虫!!
マンガでは衝撃度の低いおとなしめな描写ではあるのだが、
実際に遭遇したらと想像すると、全身鳥肌ものだ。
蠢くものの集合体は、グロ耐性があってもやはり背中にゾワッとくる。
昔、実家の隣の空き地に毛虫が大発生した時はそれなりに絶叫したが、
虫に絶叫するという感覚が、今となっては何だか懐かしい・・・気が・・・・・・。
「毛虫びっしり」がピンとこないという方はこちらの画像をご覧ください↓
(※写真提供:内山昭一)
実際には、どんな毛虫が美味しいのか?
「毛虫」は蝶や蛾の幼虫の中で体表に毛が生えているものの総称で、
昆虫防除会社のホームページによると、国内ではだいたい1000種ほどいるという。
自分は数種類しか食べたことがないが、
その中でも特筆するべき美味しさだったのは、なんといっても桜毛虫だ。
桜の木でよく見られることで知られる“桜毛虫”というのは通称で、
正式名称は「モンクロシャチホコ」。漢字にすると紋黒天社蛾、
ヤンキーっぽいお名前です。幼虫期に頭とお尻をキュッと持ち上げる
“シャチホコポーズ”をとることが、名前の由来だそう。
ヨガでいうところの弓のポーズですね。
フラフラになって樹海をさまよっていた少年たちは
そんな事まで観察する余裕はもちろんなかっただろうけれども、
なかなか愛嬌のある姿だ。
桜の葉を食べているからか体液は赤く、軽く茹でた黒く細長い体にそっと歯を立てると、
しんなりした毛が唇に触れ、やがてふんわりと桜の香りが広がる。
それはまさに「桜餅」を食べたときの香りそのもの!
はじめて桜毛虫を食べたときは、黒くてニョロッとした姿のいかにも美味しくなさそうな外見に多少ドキドキしたものの、その予想外な香りに衝撃を受けた。
基本的に幼虫期である毛虫は葉っぱばかりを食べる場合が多いので、
臭みやクセはほとんどないのだ。
大災害後の富士の樹海に桜の木があるかどうかは分らないが、
もしも彼らが口にしたのが桜毛虫だったなら、身も心も疲れ果てたサバイバル生活の中、春の淡い景色がまぶたの裏に浮かぶプチリラクゼーションタイムになったに違いない。
マンガを真似て木の葉に乗せて手づかみで食べてみても、“サバイバル”というよりは、
その繊細な味わいに、思わず「わあ!上品なお味!」と、栗田嬢(By『美味しんぼ』)ごっこをしたくなる。
せっせと毛虫料理に勤しむ少年の横で「本気で毛虫を食う気か…?」と
嫌悪感丸出しにしていた米兵よ、桜毛虫で日本のわび・さびを知るがいい。
「毛虫を食べた」と話をすると、たいてい「チクチクしないの?」と聞かれる。
生きたまま食べればもちろん毛が口の中に刺さり七転八倒、
何の拷問かお笑いかという事態になるだろうが、
蒸すか茹でれば、しんなり柔らかな舌触りになるから大丈夫。
そして『サバイバル』の主人公が選んだ調理法も「蒸し焼き」だ。
「見たことがあるんだ、未開のジャングルで、
原住民が毛虫を食べている記録映画を・・・」
この主人公、成人したら宴会で注目されること間違いナシの
スーパー雑学王君でもある。作中で少年は毛虫を木の枝でかき集め、
葉っぱで器用にくるんで蒸し焼きにする。まるでチマキを蒸しているようなこの調理光景がなかなか美味しそうで、これを読んでいた虫食体験のなかった当時でも、毛虫はそんなに悪い食べ物ではないような気がしてしまった。
少年の「ふうん…意外と香ばしい香りがするぞ」というコメントも、虫の味への興味をもうワンプッシュ。
当時はどんな味なのか気になって気になって仕方がなかったが、”大人になったら食べられるよ”と、30年前の自分に教えてあげたい。
セミやバッタなど殻が固い虫は油で揚げることが断然多いが、桜毛虫は軽く火を通すだけでOK。蒸すか茹でるかで繊細な素材の風味を残すことをオススメします。
だから、少年の調理法は、文句ナシの100点満点。
こちらは某TV番組用に、試食チームで作った花びら餅。
桜毛虫とあんをはさみ、春の味に。桜毛虫は羊羹や和風ムースとも好相性だ。
桜毛虫は夏に活動するので、桜が咲く季節には現れない。
だから春は満開の桜を見上げながら、初夏になれば……と
繊細な風味を想像して楽しみます。
ちなみに師匠(内山昭一氏)は、見知らぬ家の庭に桜毛虫が大量発生しているのを
見かけると、ピンポーン! と突撃、「毛虫の研究をしているので採らせてください!」と
根こそぎいただいていくそうだ。
夏の終わり、突然訪れる謎の虫男・・・・・・。
桜毛虫は日本の美だけでなく、何となくダークファンタジーな物語までをも
感じさせてくれるじゃありませんか。
ああ、むしくいはやっぱり楽しい。
【桜毛虫 調理メモ】
★2~3分茹でるか、蒸すだけでOK。お湯から引き上げたら水気をきり、冷めたらそのままかじってみよう。
★大量に入手できたときは、軽く茹でてからタッパーに小分けして冷凍しておくと◎。数ヶ月間、桜の風味は十分残ります。
(TEXT/ムシモアゼルギリコ)