■著者:市川春子
■発行:2009年
■発売:講談社
■虫:カミキリムシその他
もしも虫が人間に擬態したら?
残酷で温かい命の物語
背景や環境の真似をして、身を守る「擬態」。近未来の世界で、虫が生きのびるために人間に擬態するという話は、有名なホラー映画「ミミック」があるが(おっさん顔のゴキブリという怖オモシロ擬態だ)、『虫と歌』では静かで優しい擬態の物語が描かれる。
物語は近未来。主人公の「ウタ」は、妹と、新種の昆虫を作り出す仕事を持つ兄との3人で暮らしている。
ある夜、黒ずくめの青年が家に侵入してきた。実はその青年、兄が作り出した「人間に擬態した昆虫」だったのだ。
人型の虫を作ったもののまだ時期が早かったということで海に沈めたのだが(何という身勝手)、運が良かったのか悪かったのか海の底からはい出すことができ、製造元である兄へ「お礼参り」にきたらしい。
ところがプログラム上人間は殺せないし、帰る巣もない。そして3兄弟と人間様昆虫の奇妙で楽しい暮らしが始まる。
人型カミキリ虫は、なぜ弟ばかりになつくのか。兄があまり年をとらないように見えるワケは?
読み進めていくうちに頭をかすめる疑問は、ラストで全て明らかになる。
「海から上がってよかった」
そう言って消えていくカミキリ虫の無垢な魂が残酷なラストの救いにならず、兄の苦悩をより深くえぐるのが情け容赦なくてとてもいい。
真実のグロテスクさを引き立てるのは、彼らの目を通して見える優しさに満ちた世界。表紙に描かれている心地よい春の光景は、虫たちが辿り着きたかった地なのかもしれない。ついでに大地いっぱいの緑に、「安らぎ・癒しを与える」という風水的なご利益もゲットしておきましょう。
「虫の話はちょっと遠慮したい」という方は、”悲しい運命の草食男子”という視点で味わってみるのもオツかもしれません。
もしも虫が人間に擬態したら?
インモラルなコレクターや、嗜好の方々が、イケナイ遊びを始めるのではないでしょうか。
我々虫食いも、あんなシーンやこんなシーンで非常に困ることになりそうだ。その時になってみないとわからないけど。
第14回手塚治虫文化賞「新生賞」受賞作。